「サマータイムマシンブルース」「リバー、流れないでよ」

ツイッターが本当に駄目なのでもっと気軽にブログを書けた方がいいんだろうなと思っている。でも今のところブログはPCからしか書けていない。

先日、「サマータイムマシンブルース」(映画版)と「リバー、流れないでよ」はしごしてきた。ヨーロッパ企画絡み2本立て。両方にがっつり出てるのは永野さん一人ですね。

STMBは昔一度だけ?映画をDVDで見た際には、未来の人たちがヨーロッパ企画メンバーだとは気づかなかった、というか知らなかったなあ。なんだかんだでその後舞台版のほうが回数を見ているため(DVDとか再演とか)、場面転換や見せ方が、違うなあと思う。
2005年公開となると私はほぼ同世代だけどこんな服着てたかなとか思ってしまった。もう2030年のほうが近い! 今この夏に、リモコンなくしたりロッカー…は相当命の危険がある。
上映終了後「ムロツヨシどこにでてた?」と言ってた人がいて面白かった。確かに印象変わっているけども。

リバーは2回目。
やっぱり私はこの情念的な感じよりもドロステみたいにキリキリ割り振った作品のほうが好きだな…という感想を抱く。だからエイジが一人で解明担当しているのすごく心強い。
ドロステもリバーも映像でしかできないことをやっているよね。映画らしくないのはそれはそうなんだけど、舞台でやれというのは無理。生身の人間で、映像を使って面白いことをやろうというコンセプトは強くあるし、あとは建物とか地形の使い方がとても好きです。
しかし本当に話題作なんだなあと感じたのは、客層がいつもと違ったこと。携帯鳴った人と上映中に携帯の画面光らせた人と、途中で出入りした人がそれぞれ別々にいた。90分なのに。

春ねむり2023.7.1LIQUIDROOM

7月1日、春ねむりのライブを見にいった。春火燎原ツアーファイナル。すごくすごくパワフルだった。
私はライブ3回目で、前2回は小さい箱だったから、今回は人がたくさんいてみんな春ねむりを体験しにきている…!というのがなんだか感無量だった。
北米ツアーなどの動画がたくさん上がっていたのを見た、あれに負けないステージのパフォーマンスと、オーディエンスの熱狂が、現場で見られてよかった。
特に「世界征服やめた」を生で聞けるとは思っていなかったのでちょっと変なため息が出た。2017年の動画(2018年公開)を見たときに、私はこの人が10年後も歌っているといいなあと思ったんだった。(というか、ログ見返したら春ねむり自体を「世界征服やめた」のカバーで初めて聞いたみたいだった)

もう5年経っていて、次の5年も、躍進してほしい。
「生きる」の前のMCも本当に本当に、聞けて良かったなあ。

入るのが遅くて後ろのバーの前にいたからステージはよく見えたんだけど、前方がちょっとうらやましかった。次があったら近くに行きたい。それと、今回U18は無料、U21も割引という企画だったので、制服を着た若い人がいて、楽しんでいるのがわかったのもよかった。

配信のアーカイブはフルで見られます。

www.youtube.com

ついでに私が一番好きなライブ動画はダラスので、特にアウトロのときにオーディエンスが大喜び!みたいになっているところが大好き。疲れた夜中とかに見たりしている。ちなみにバーカウンターに登ってるのは、ご本人のツイートによれば警察が来て消防法を理由に半数の人を外に出したかららしい。

youtu.be



谷川俊太郎絵本★百貨展と日野の歴史館など

谷川俊太郎

立川のPLAY! MUSEUMの企画展示 「谷川俊太郎 絵本★百貨展」を見に行った。
展示が体験型で、子どもだったら楽しいだろうなあ…と思った。実際子どもがたくさん遊んでいた。『こっぷ』のでっかいコップのオブジェ、さすがに大人は入りがたい。
多数の作品のある谷川さんだけど、絵本のいくつかをピックアップした展示だった。私は詩人としての谷川俊太郎にも詳しくないし、絵本も全部好きってわけじゃないので、わーい!となる作品と、そうでもない作品とわりとくっきり分かれてしまった。
『ままですすきですすてきです』(タイガー立石が好きなので)、谷川さん本人の朗読が流れる『えをかく』(聞きながら長新太の絵を辿って歩いた)、これも本人朗読の『もこもこもこ』の映像などなど。
もこもこもこは幼児が(本当は絵本で読んでいて好きらしいのに)泣いて出てきたのと、中にいた小学生の結構大きい子どもが「ぎらぎら」の後に先取りで「ぱちん!」と言っていたのが印象的だった。
つみあげうたの2016年の新作が出てたけど、つみあげうただったらやっぱり『これはのみのぴこ』だなあ、と思う。『これはおひさま』も良いですが。
あとは、新作「すきのあいうえお」のインスタレーションも意外なものが出てきて面白かった。

グッズが色々あって、朝のリレーのトートバッグや、「こっぷ」のTシャツがちょっとうらやましかった。入場特典が何故かトイレットペーパーだった。
レストランのコラボメニューも見ているだけでかわいかった。「のりまきです」はのりまき→きんぴら→ラフテーでしりとりになっている。

「ままですすきですすてきです」(タイガー立石・絵)

 

日野(新撰組関係)

PLAY! MUSEUM行きを画策しているときに日野は立川の近くなんだなあと気付き、ついでに資料館を見に行った。近くというか隣の駅だった。市部の位置関係が全然把握できてない。
日野にはどうやら土方歳三資料館(休館中)や井上源三郎資料館、佐藤彦五郎新選組資料館と複数あるらしい。今回私が寄れたのは日野市立新選組のふるさと歴史館で、市立の博物館だ。
江戸時代の日野宿の歴史などに触れつつ、この土地に天然理心流や新選組が出てきた背景などにも触れられている。さらに、その後の自由民権運動の志との繋がりみたいな話にもなってて、地元の人のアイデンティティとしてこういうふうに位置づけられるんだなあと思った。それが地元の人のあいだでも一般的な認識かはわからないけど、そういえばこの地域は図書館も盛んだったものなあ。
あとは2階の企画展が「描かれた新選組IX」という、色んな創作物に言及する展示の何シーズン目かだった。司馬遼太郎の影響は大きいけれど最近もいろいろあるよという話で面白かった。「鬼の副長」はしばりょの造語かもというようなキャプションが印象に残った。

本当は更に隣の駅にある日野市の中央図書館にも行ってみたかったのだけど、時間に余裕がなさそうだったため、甲州街道沿いの日野図書館に寄る。和風な見た目に素敵に作ってあるけれど、中は入ってすぐ片側の壁が文庫の棚(入りきらなくて横積みになってた)、新聞や雑誌のコーナーがあって、普通の昔からある地域館という感じ……と思いきや、2階の郷土資料コーナーの新選組充実具合がすごかった。多数出ている新選組関連を網羅的にコレクションしているらしく、フロアの一角、体感で8畳間くらいのスペースの3面が中書架で全部新選組コーナーという様相。抜き刷りのファイルなどもあった。やっぱり土方歳三関係の本が多かった。
見たかった本を探そうとして、似たようなタイトルの本が多すぎて目が泳いでしまった(ちゃんとありました)。
個人的には『描かれた新選組(改訂増補版)』(日野市立新選組のふるさと歴史館叢書)に「行殺新選組」(©ライアーソフト)も紹介されていて、18歳未満は購入・プレイできませんみたいなことが書いてあったのが面白かった。でも2000年に出たらしいので、確かに時代を先走ってたんだろうなあ。

土方歳三没後150年記念のデザインマンホール(日野駅

シャルル・コッテの色など

(1か月以上前に書いていたものを下書きにためたままにしていて、展示が終わってしまった)

国立西洋美術館憧憬の地 ブルターニュ展 ―モネ、ゴーガン、黒田清輝らが見た異郷を見た。twitterなどで感想を見ていると、シャルル・コッテがけっこう話題になっていて、なんとなくうれしかった。

コッテはブルターニュの農村や風景を描いた作品で知られる画家で、彼の属するグループは暗い色調の画風で「バンド・ノワール」と呼ばれていた…らしい。

学生の頃に大原美術館でコッテの「聖ジャンの祭火」(ブルターニュ展では「聖ヨハネの祭火」として出ている)を見て以来ずっと気になっていて、きっとポストカードにしたときなどにきれいな色が出ないだろうなあと思っていたのだけど、今回改めて見たら印象にあったのと結構色が違った。画面の上の方と下の方で暗さが違って、下の方は火の赤みがあって、上の方は夜空の色をしている。どちらも真っ黒ではない。
そして、最初に見たときからずっと何となく物語を感じるというか、「何かが始まりそうな感じ」を持っていたんだけれども、実はこの場面はいわゆるおめでたいお祭り的なものではなくて、死者を悼む行事なのだそうだった。……それでもやっぱり非日常の行事で火を焚いてたら、子どもだったら最後までわくわくしながら見ちゃうと思うな、と食い下がってみたりする。

「悲嘆」は、何しろ大作で目を引いていた。

collection.nmwa.go.jp

宗教画との関係については、この企画展を見た後で常設展でたまたま「キリスト哀悼」という作品を見て、あっこういうことか…と思った。「悲嘆」のリンク先では"「十字架降下」に似ている"という指摘があったことが言われている。

後ろに見える帆が十字架のようだと解説があった。これとは別のコッテの絵(実物は見たことがない)でも、帆がオレンジ色をしているように見える。地域性か何かでこういうものなのかしら。commons.wikimedia.org

 

同じコーナーに並んでいた絵では、アンドレ・ドーシェの線画が良いなと思った。同じ人の油彩はふわっとした色と線の、きれいだけれども少しぼんやりしたような印象だった。翻って自分がコッテの何を好きなのか会場で考えたとき、一旦は、暗さ、色かな…と思ったけど、「月光を浴びる舟」は色とか関係なく良いなと感じたから、光のとらえかたが好きなのかもしれない。

collection.nmwa.go.jp

 

ちなみに、絵はこのあたりから探しました。

国立西洋美術館 所蔵作品検索 作家名一覧
https://collection.nmwa.go.jp/artizeweb/search_3_artistart.php

wikimedia Category:Charles Cottet
https://commons.wikimedia.org/wiki/Category:Charles_Cottet

それと、国立国会図書館デジタルコレクションの全文検索が、予想よりもヒットする。同時代の日本でいくらか話題になっていたらしいことがわかる。べんり。

ネットで画像を探せるようになって、実物を見られなくても「知ってる」作品があったりするけど、やっぱり目の前に見る実物の色味とか雰囲気を感じることは全然違っている。あと、たまたま日本にいくらかのコレクションがあるため、ある程度定期的に特定の作品を見られるチャンスがある(西洋博物館にあるから常設で見られるかもね~という安心感はとても大きい)けど、ネット検索して出てくる画像は普通に在フランスだったりするから、「見られるもの」は必然的に偏るんだなあというのも感じるところである。

色については、目の色によって明暗の見え方が違うという話や、ヨーロッパの空の色は日本と違うという話を見かけたことがある。当然、画家たちが見えたままを描いているとは限らないわけだけど、実際のブルターニュはどんな感じなのかな。
日本人画家の作品の中に、だいぶ黄みがかった色になっているのがあって、これはもしかして見えている色が違うのかなと感じた。
山本鼎の作品のキャプションに、コッテの絵を見てブルターニュに興味を持ったと書かれていた。私も、いつか行ってみたい気もする。

ブルターニュ展全体は、面白かったけどゴーギャンの作品を見てゲリラガールズバッグで来ればよかったかもなあ、と少し思ってしまった。タヒチとはいかないまでも、やっぱり地方に対する視線があるのは感じた。

あとは、この時代の絵葉書は少し小さいんだなと思ったり(忘れていたけれどそういえば縦書きだ)、トランクの大きさを眺めたりした。

常設展は駆け足になってしまったけど、アクセリ・ガッレン=カッレラの「ケイテレ湖」という絵は、なんとなく印象的でした。
SOMPO美術館ブルターニュ展もよかった。こちらは風景がメインだった。

「聖地には蜘蛛が巣を張る」(ネタバレ)

「聖地には蜘蛛が巣を張る」を見た。
予告編も見ないまま、連続殺人事件の話らしいと内容うっすら把握程度の前知識で見に行ったところ、予想以上にショッキングな映画だった。イランでのセックスワーカーをターゲットにした連続殺人事件の話。実話をもとにしているフィクション。殺人の描写も、示される内容も想定よりもきつかった。


16人の連続殺人は全て絞殺によるもので、物語中実際に殺害する場面があるのは数人。結構しっかりと被害者たちが苦悶する様子を映している。終盤の場面との対比になっているだろうというのはわかるけど、そこまで映す必要ある?(ただし読んだ記事によると、イランの検閲上、先行作品では女性への激しい暴力は表現できなかったらしく、それを考えると意味はあるのかな?)逆に性的な描写はあまりなく、かなり慎重にぼかしが入っているのはなぜ?と思った。あの場面は足の裏が怖かったですね。

www.tokyoartbeat.com


前半はそういうスリリングな、好きな人は好きだと思うのだが私は苦手…というしんどさなのだが、後の方の犯人逮捕後はまた別の怖さがある。

(ネタバレです)
裁判で犯人は被害者がセックスワーカーであったことから街の浄化のためだと殺害を正当化し、彼の家族や周囲の人々はそれを支持する。裁判所の前では支持者たちが彼の無実を訴える。それでも死刑判決が下るが、その後彼の独房に友人の有力者と裁判官(?)がやってくるシーンがある。裁判は厳しくやらざるを得なかったが、実際には執行の際に逃れることができるというような約束をする。
…正直ここがあまりにも唐突で、この直後に犯人が茫然と突っ立ってるようなシーンがあったので、これは犯人の自分に都合の良い幻覚では?と疑いながら見ていた。終盤で犯人は結局死刑になって、やっぱり駄目だったじゃん!と。だってあまりにも意味が分からないから。(でも鞭打ちは説明付かなったけど)
でも、人のレビューを見ていると、本当に関係者たちがそう言いにきたと読み取られている人が多くて、それが正解なのかもしれないと気づいて、なんで?!と思った。
あの場面、犯人が「自分で自分を悪くないと考えていた」ことの表現だと思いながら見ていたので、こういう悔悟のない人への刑罰…という暗澹たる気持ちになっていた。だけど、そうではないとしたら。本当に周囲の人間が「あなたは悪くない大した罪ではない」と言いに来ていたんだとしたら。最悪だ。

建前や制度として「連続殺人は悪い・罪である」ということはあの社会の中でもさすがに動かせない。けれども心理的には彼に同情的な人、彼は悪くないという人がたくさんいる。訪ねてきた裁判官たちがどんなつもりでそんなことを告げたのかはわからない。助けるというのは結果的に嘘だった。でも、作中の社会全体に、そういう建前と本音が絡まりあっているような気がして、怖い。
犯人の妻や息子たちも、犯人がちょっと様子がおかしいということは気付いていた。それでも、取材に対して犯人を正当化する発言をする。これも結構温度差があるように感じた。
多分妻は家族という立場上、夫を正当化するしかないんだろう。裁判所の前で「どうして私たちがこんな目に」「私たちが一番つらい」みたいな、そんなことを言っていた。一歩間違えばこの人も経済的に困窮して、セックスワークに従事せざるを得ないかもしれない。支援者たちの援助があるからその心配はないが、そうなると彼女は夫の味方をしてくれる支援者たちに同調せざるを得ない。いやほんとに自分の意志で夫を正当化する側面もあるだろうけど、少なくとも他の選択肢がない。
それに比べると息子はもっと積極的に見えた。直々に父から話を聞いているのだし、支援者(当然表に出てくるのは大部分が男だ)たちからもあたたかく励まされている。
息子が父の行動を再現する場面を見て、私が連想したのは「アクトオブキリング」だった。あれは殺人者たちが過去の大量殺人を再演していくドキュメンタリー映画で、そこで何かが起きるといった構成なのだが(なんかいい話っぽくまとめてしまったが基本的には悍ましい内容である)、息子である彼にとってあの時点であの再現は誇らしいことなんだろうなあ。罪悪感とかは少なくとも全然表に出てこない。学校でいろいろ言われるなどして葛藤もあるだろうけど、励ましてくれる味方が大勢いる。だったら父親を正当化する流れになるよなあ。これは彼一人の責任ではなくて、彼の育つ社会がそうなっている。

イランの社会通念などで理解できていないところはたくさんあったけれど、どことなく私たちの身近にもある話で、よその国がこわいでは済まない内容だと思う。
それにしても、感想殴り書きする中で「あれはなんだったんだ?」という場面があったけど、もう一度見る機会があっても見たくないなあ。

丸木美術館とハンセン病資料館と。

個人的な備忘録のようなリンク集のような記事ですが、長くなったので目次を使ってみる。

丸木美術館

4月中旬に、原爆の図 丸木美術館に企画展「趙根在写真展 地底の闇、地上の光―炭鉱、朝鮮人ハンセン病―」を見に行った。

美術館は、埼玉の東松山市にある。それがどこなのかはっきりわからないまま、乗換案内に従って電車に乗っていった。川越よりも川越市よりも先(二つの駅は違う)、「つきのわ」駅から徒歩30分。google mapに従って歩くと、ずいぶん細い道を案内され、雨上がりの道の脇では熱帯地方みたいなサイズ感の笠を被ったご近所の人が草の手入れをしていて、内心ここ通ってよかったのかな…と思った(挨拶はしました)。とにかく素朴な環境の中に美術館があった。

企画展「趙根在写真展」

企画展は、広い展示スペースに、1960年代から1980年頃までに全国の複数のハンセン病療養所を訪問して写真を撮影した趙根在さんの写真を並べていた。写真は療養所ごとに分かれていて、生活の一場面だったり、風景だったり、入所者の方を正面から撮ったりしているものもある。全てモノクロで撮影されている。
趙氏は在日朝鮮人の入所者の方の撮影という条件から始まって、関係を築く中で、それ以外の方の写真も撮るようになった。あまり気負った感じがしないというか、日常風景は自然であり、入所者の方ともきちんと向き合っている感じがする。
図録は写真以外の部分も充実しており、過去に雑誌に連載していた趙氏の回想録「ハンセン病の同胞たち」に結構なボリュームを割いている。これは療養所の撮影に至る前の、氏の炭鉱で育った幼少期からの来歴を語るもの。そして療養所関係でも、単純に「入所者の方の撮影」「関係を築く」と書いてしまったけれど、生のエピソードはそんな言葉に要約できるものではないと感じさせられる内容だった。
展示のキャプションにも書いてあるとおり、最初の撮影は、病気の後遺症で障害の残った男性が、介助してもらいながら煙草を一服する場面。手が不自由なため、三つ切りにした短いものを、キセルに挿して火を移してもらって味わっている姿だ。その場面を急に撮影させてもらえることになったときの、戸惑いとか必死さが回想録にはありありと書かれているし、またこの撮影対象となった方の人生においてそれはどういう場面だったかということも、わかる。
先行する写真集として『離された園』(岩波写真文庫 1956)という写真集があり、これについて趙氏は回想録の中で、文面・写真ともに血が通っていないと表現していた。この写真集は、厚生省から岩波に療養所に関する1冊を編むように相談を受け、療養所に暮らす方々が自ら写真を撮ったもの。岩波写真文庫シリーズの1冊で、2008年には復刻版が出ている。
復刻版を眺めてみたけど、確かに今でも誰かが何か公的な記録の写真を撮ろうとして、配慮したらこうなるだろうと思わせるものだった(仕事で、記録のため顔が映らないように写真を撮らせてもらったことなどがあり、同じ気配を感じる)。けれども天下の岩波写真文庫に入れば多くの人の目に触れるだろうから、無理からぬことだと思う。
性質の違いを考えると、趙氏が思い立って行動したことから、1960、70年代の写真が残されて、こうしていま見ることができるのは、とても貴重なことだった。

常設「原爆の図」

丸木美術館は原爆の図の1部から14部を常設展示している。私は1階の展示室にある第9部「焼津」・第10図「署名」から見始めて、1階常設展から趙氏の写真展を見て、その後に2階の原爆の図に回った。いわゆる一般にイメージされる、原爆直後の広島の情景を描いた図は、2階に多く並べられている。
原爆の図は、屏風のように仕立てられていて、大きい。近づいて細部を見てしまったので、2階の絵はあまりにもつらく、もういっぱいだ、という気持ちになった。
「焼津」「署名」は第五福竜丸に関連した作品で、特に「焼津」は画面の左隻に町の?人々が立ってもの言いたげにこちらを見つめており(右隻に第五福竜丸が影のように浮かんでいるのでそれを見ているのか)、前に立つと何か問いかけられているような気がした。因みに『《原爆の図》のある美術館』(岡村幸宣 岩波書店 2017)によると、1967年の画集では「作者の強い希望」で「焼津」「署名」を収録から外したそうで、必ずしも評価が良かったわけではないらしい。ただ、後から思うと、「焼津」「署名」には日常を暮らす人が描かれているが、それ以外の絵では、衣服から何から、個々の人間であることを奪われた状態の人々が重なったりもつれたりしている姿が現されていて、写真を見た流れとのギャップで、ショックだったのだろうと思う。あとは、女性があんなにも多いのは現実の姿なんだろうかと感じてしまったのも、色々な意味で、つらい。
最後のほうで、引きで見れば、もう少し全体を見られる、ということに気づいた。
ちなみに、私が行ったときは基本人が少なくて静かな空間だったけど、昨今の大学生の社会への関わり方について、ある展示室のスタッフの人?に何か持論を述べている来館者?の声がずっと、別のフロアまで響いてきた。それがどうにも耐えがたく、その声がする部屋には入れなかったため、そこで何をやっていたのか不明なままだった。
私が至らず、施設の持つパワーに負けてしまった感じがした。
大道あやの絵があるのはほっとした。

 

国立ハンセン病資料館

5月3日に、国立ハンセン病資料館の企画展「ハンセン病文学の新生面 『いのちの芽』の詩人たち」を見に行った。
ハンセン病資料館自体は、去年「生活のデザイン」で初めて訪問した。その際に常設展を見たので(これは必見)、今回は企画展に集中することにする。
秋津駅の近くのエジプト料理屋さんでランチをいただいて、20分ほど歩いて1時頃には着く。そこから小1時間展示を見ながら、2時からのギャラリートークを待っていた。担当学芸員の方によるギャラリートークは30分程度、定員は10名、事前予約なしとのことだった。時間が近づくにつれどんどん人が増えてきて、定刻には展示室の外にたくさんの人が待機していた(私は展示室の中にいたので、出てみてちょっと驚いた)。そこで急遽、2時からと3時から、2回に分けて実施ということになり、私は3時からの回でも大丈夫だったので、更に小一時間、受付に詩集をもらいにいったり、図書室で関連資料を見たりしながら過ごした。

展示「ハンセン病文学の新生面『いのちの芽』の詩人たち」

『いのちの芽』は1953年に刊行された詩集で、全国8つのハンセン病療養所から73人が参加している。各療養所でそれぞれ文芸活動が行われ作品が発表されていたが、合同詩集としては初めてのものである。
北条民雄などに代表されるような戦前の文学をも乗り越える意志で、創作活動をする人々が現れたことなどが紹介されている。詩のパネル(全作品ではない。22人の25作品)がテーマに分けて展示され、作者の簡易なプロフィールのパネルと、自筆の書簡などが示されている。
また、参加した詩人たちのその後の活動が紹介されている。ハーモニカバンド「青い鳥」を結成した近藤宏一(小島浩二)さんや、長島愛生園の架橋運動の際に「人間回復の橋」と詩の言葉によってネーミングした島村静雨、国賠訴訟の原告となった人々など。

ミュージアムトーク

オンライン版があるのでぜひ見てほしい。

「ハンセン病文学の新生面 『いのちの芽』の詩人たち」をめぐって」/木村哲也(国立ハンセン病資料館学芸員)ミュージアムトーク2022(オンライン開催)第6回 - YouTube

ミュージアムトークを聞かなかったら思い至らなかったな、という点が私には多々あったので本当に聞けて良かった。会場で伺った内容と、動画(資料紹介や質疑応答は+αとなっている)でわかった内容と、両方あるが、次のようなところ。

  • 「いのちの芽」の原稿は失われているが、編者大江満雄の遺品が高知県立文学館に寄贈されていて、目録から、大江宛の書簡の中にハンセン病療養所の詩人の方のものが含まれていることがわかった。私信なので公開は難しいと考えられたが、関係者(ご遺族や、園の方)の許可を得ることで展示することができた。(こういう経緯で展示が企画されていたんだな、というのがわかって、よかった。あまり自筆書簡類に注目していなかったので…。)
  • 復刊に当たっても、各作者の関係者に許可を取る処理を行い、復刊することができた。
  • ある詩人は、戸籍上の性別は男性の方、ペンネームは女性のようでもある。(この方は、著者パネルには髪の長い女性のような人の写真が載っていて、「名女形」と書かれていて、自分で見たときに「…?」と思ったので、なるほど、と思った。自身の生前の本にも写真を使っており、園では有名でもあり、展示に当たって隠すことではないと判断されたらしい)
  • 大江満雄さんの写真は、入所者の家に上がり込んで親しく話している写真であり、当時としては画期的な姿。
  • 動画からわかったこと:在日朝鮮人に対する差別が激しかったため、『いのちの芽』刊行の頃は、出自を明らかにしていなかった人が多くいた。国民年金法の施行(1959年)から、日本国籍の有無で経済格差が大きくなり、民族運動等が盛んになった。(趙氏が写真を撮り始めたのもこの後だなあ、と思った。趙氏の写真が展示パネルのプロフィール写真に使われている作者もいる)

『いのちの芽』とその詩人たちの作品

復刊された『いのちの芽』は、来館した希望者がいただくことができる。私ももらってきたのでじっくり読みたい(前回受付で貰うという発想がなかった「生活のデザイン」の図録ももらうことができた。過去の刊行物も在庫があればいただけるようだ)。

元となった1953年三一書房版についても、国立国会図書館デジタルコレクションで送信サービス参加館・登録利用者公開されている。個人登録していれば自宅でも読むことができる。
いのちの芽 : 日本ライ・ニューエイジ詩集 - 国立国会図書館デジタルコレクション

もっと作品を読みたいと思ったときに、残念ながら本を出していない方もいる。その方々も、作品が園の文芸誌等に掲載されている場合がある。
そういうとき、国立ハンセン病資料館のデータベースのうち「ハンセン病療養所自治会及び盲人会発行「機関誌」目次検索システム」で、作者名を検索すると、どの雑誌のどの号に何を掲載しているかがわかる(データベースの使い方は、同館の機関誌ご利用ガイド参照)。機関誌そのものは資料館のサイトでは見られず、来館して図書室を利用する必要がある…と学芸員さんが説明されていた。
ただし、場合によると国会デジタルでも見られる可能性があるかもしれない。読んだものの中だと私は『闇を光に』(近藤宏一 みすず書房 2010)に掲載されていた「君の手」という詩が好きなのだが、この作品の初出は「愛生」1952年4月。国立国会図書館デジタルコレクションで誌名と年月指定で検索すると、こちらもやはり参加館・登録利用者公開でヒットする。
愛生 6(4);昭和27年4月號 - 国立国会図書館デジタルコレクション
検証していないのでどの雑誌がどこまでデジタル化されているかはわからないが…。
ちなみに国立ハンセン病資料館図書室はレファ協参加館ですね。

また、2001年の鶴見俊輔が大江満雄と「いのちの芽」の詩人たちについても話している講演記録「ハンセン病との出逢いから」を収録した『国立ハンセン病資料館研究紀要』第10号(2023年3月発行)はPDFで公開されているし、今回の展示の関連動画の多くは会期終了後もアーカイブとして残されている。

いただいた『いのちの芽』や関連動画、まだこれから知って感じて考えることがたくさんあるな、と思う。

終わりに・資料館のまわりの柊

かつて、多摩全生園の周りには、入所者の脱走を妨げるために、3メートルの柊の生け垣があった。今はほとんど刈り込まれているが、高いままに残っている部分もあるとミュージアムトークの際に伺った。その場所が具体的にどこだかはわからなかったけど、確かに外周は生垣に覆われているということに帰りに初めて気づいた。
今ひとつ、写真や展示で見た場所と資料館のその場所とが結び付いていなかったのだが、確かにこの場所なんだと実感がやっとわいた。全生園には今でも暮らしている回復者の方がいて、少なくとも昨夏は感染症対策のために一般の人は立ち入り禁止という掲示が出ていた(今回はどうだったか定かでない)。コロナの警戒態勢が解除になったら、扱いが変わるのだろうか。前回も今回も、資料館を見るだけでいっぱいいっぱいだったので、次に行くときにはもう少し資料館周辺のことも調べて、臨みたい。

ハンセン病資料館の近くの刈り込まれた柊の生垣

敷地の外周(地図で見ると矢嶋公園)の柊が高かった部分



子ども読書の日あれこれ

森見登美彦さんトークイベント

国際子ども図書館子ども読書の日トークイベント「本との出会い、読書の楽しみ-森見登美彦さんに聞く-」に行った。
先に国立西洋美術館の「憧憬の地 ブルターニュ展」に寄って(これはまた別途感想を書きたい)、常設展にもちょっと立ち寄ったら思ったよりも時間がぎりぎりになってしまい食事の時間がなくなる。公園の中って微妙に食事に不便でコンビニもないし、国際子ども図書館のレストランはわりとのんびりやってる仕様で給仕が時間かかるよな…と思い、でもソフトクリームはすぐ出せると言われ、ラムネのソフトクリームを作ってもらう。中に小さいラムネ粒が入っててがりがりした。

森見さんのトークイベントは、幼少期から大学時代までの読書経験、図書館体験などのエピソードを聞くことができた。質疑応答パート以外は、後日youtubeにて公開予定とのこと。
ホッツェンプロッツの食事の場面がいい、食べ物自体よりもそのシチュエーションとかそういうのがいい、という話をされていた。
親戚からおさがりで児童書が段ボール箱でたくさん送られてきて、その中に好きになった本がたくさんある、という話。中学生の頃に買った文庫はキングの「スタンドバイミー」という話。質疑の際に「段ボールで送られてきた本のように降ってきた本に出会ったところから、どうやって自分で本を選べるようになったのか」というような趣旨の子どもの読書支援の観点からの質問があった。森見さんはどの質問でもわりと考え考え話してらしたけど、これはなかなか難しかったみたいで、でも、段ボール箱の本も全部読めたわけではないこと、読んでみてやめてもよく、やめて別の本を試すことができたこと、本屋さんで文庫を買った時点では自分なりのアンテナが育ちつつあったから選べたこと、などをお話していらした。
やっぱりおすすめの中から自由に選べるということは大事だよね、と感じた。

ところで、子ども読書(YAも含むが…)イベントのわりに大学時代の話もされていたため、当然のように内田百閒の名前が出てきて、生で森見さんの百閒好きトークも聞けて良かったなあ。百閒がなんか言ってるのが好き、百閒が書いてるだけでそれでいい、みたいな次元の「好き」があった学生時代の話。
森見さんが指しているのと同じことかはわからないけれども、私も、文章だけで何かを立ち上げることができるのは本当にすごいと思っていて、そのことかなと思った。森見さんの書くものでは、ときどき出てくる、箱庭的作品世界を俯瞰するような表現が好きです。「世界の果ては折りたたまれて世界の内側にもぐりこんでいる」とか「今夜のわれわれはね、この玉で覗かれた世界の中にいるんです」とか。

百閒といえば、春なので『東京焼盡』を読みたいな…という状態にある。うちにあるはずの文庫がどっかに行った、元々古本で買ったやつだしもう一度新本で買ってもいいかなというこの状況を数年続けているのだけれど、この森見さんのお話を聞いた日にフォロイーさんが古本市でまさに『東京焼盡』をお買い上げになっていて、ご縁があるなと思う。

映画「丘の上の本屋さん」

映画「丘の上の本屋さん」を見た。
イタリアの小さな古本屋の話で、店主のおじいさんリベロと移民の少年の交流がメインストーリー。
やってくる色んなお客それぞれにうまく対応し(ネオナチ?がやってくるところ笑っちゃいけないけど笑った。なにを売りつけたのだろうか)、隣のカフェの店員がやたらに立ち寄って手伝ったりして、雰囲気がとてもよかった。
お金のない少年エシエンに、売り物の漫画を1冊選ばせて貸したのがきっかけで、リベロはエシエンに勧める本を貸すようになる。
ピノキオ、イソップ寓話集、星の王子さま……すごく、趣味がいい読書好きの男性のセレクトだと思う。
本を返すときに二人はその本の感想などを話して、リベロが次の本を渡す。いい感じに物語が進む。
私にとって本を勧めるのはたいそう難しいことで、一手を間違ったら即ゲームオーバーの可能性もあると認識しているので、ハートフルなのはわかるんだけれど何かが起きやしないかどこか緊張しながら見てしまった。……エシエンと変な名前のリベロが交流を続けてくれてよかったなあ。

図書館員のアナグラムが両手に本、みたいな言葉遊びもかわいらしかった。図書館員はbibliotecarioかな?

児童書読書

子ども読書の日ということで、読みたい、読もうと決めて少し前に買った児童書を読み始めた。1975年初版で刷を重ね、私の手元に来たのは2010年の9刷(新刊で買えた)だったんだけど、紙面がなんとなく古めかしい。

『ディダコイ』(ルーマー・ゴッデン作 猪熊葉子訳 偕成社)の紙面

確かどこかで赤木かん子さんが版組が古い本はそもそも子どもが手に取らないと言っていて、その一方でいい本はいいんだから読めば面白い、という反論がある。でもやっぱりこの版組だといくら新しくても第一印象として十代の人とかには手に取りづらいかもなあ、と思う。私は大人だし読みたかったから読みますけど。