パレスチナ関係の読書数冊と映画『ガザ 素顔の日常』

難民関係の本や、インドの関係など、読もうと思っているものは他にもあるのだけど、パレスチナ関係の本を読んだり映画を見たりしている。

本①基本を伝える集中講義のような新書

『世界史の中のパレスチナ問題』(臼杵陽著 講談社現代新書 2013)
歴史的な宗教の話や、近代史の話、冷戦終結後から現代にいたるまでを講義のように述べている。全部理解できてるわけではないけど、勉強になる…はず。
私はこれまで中東の人という漠然としたイメージしか持っておらず、ユダヤ教徒キリスト教徒がいる(いた)ことや、例えばアラブとトルコで言葉等が異なるという認識がほぼなかったし、イギリスが酷いし、ナクバが何かについても、ハマスに病院を運営するような慈善部門があることも初めて知った。(ほかに、日本は関係ないと思われがちだけど戦前にパレスチナ委任統治になるときに日本は連合国側にいたという指摘があったり、日猶同祖論の話だとかも出てくる)
ただ、固有名詞がさらっと出てきて把握しきれず「前に出たっけ?」と戸惑うことが多かったため、索引があるとよかった。電子書籍で読むと検索効くのかしら。
刊行が10年前なので、この密度で最近の10年についても読みたい。
西洋一辺倒の視点にならないように留意して書いていることがよくわかり、冷静な講義の中にも問題解決への願いみたいなものが確かに感じられ、おすすめ。
ちなみに臼杵氏は朝日新聞11月11日(土)の書評欄で「ガザの人道危機 奪われる人びとの命と暮らし」として本を3冊紹介していた。朝日新聞デジタルで有料だったから自分は図書館に紙面読みに行ったけど、今改めて見たら好書好日で読めました。

book.asahi.com

本②いとうせいこう国境なき医師団ルポ

『ガザ、西岸地区、アンマン 「国境なき医師団」を見に行く』(いとうせいこう著 講談社 2021)
今年、2023年になって増補・文庫版が出ていたらしく、そもそもこの本の前に2冊国境なき医師団関連本を書いていたらしい。気付かずにこの本から読んだ。
先の新書は研究者の人の本だけど、この本はいとうせいこうの取材ルポ。いとう氏はやっぱり感性で表現するタイプの、作家、クリエイターだなあと思う。
取材は2019年。取材しているのは国境なき医師団(MSF)の病院なのだが、ガザではイスラエル軍に撃たれた場合(デモで足を撃たれる話)は、最初にハマスの公的病院に行く、という話があった。
デモで足を撃たれる話は、この後に見た映像、読んだ本にも出てきたけど、具体的にどのように人体を大きく損傷させるかはこの本の内容が伝わりやすい…ように思う。イスラエルのドローンによる監視の話などもそうで、いとう氏の目を通して説明される内容は、その恐ろしさや残酷さがイメージしやすい(ただ、それがどれだけ正確なのかは、私には判断しがたいところがある)。
この時取材した医師たちや、若い男性、少年や、女の子が、2023年の今どうしているか考えると居たたまれなくなってしまう。

時折音楽の話が出てくるのも、いとうせいこうの関心を示しているようであり、よい。松葉杖を取り外して、器用仕事(ブリコラージュ)的に笛にして演奏する元フルート奏者。飛び入りの音楽療法
あとは、ヨルダンの休日にバスで観光に行くくだり。バスでは終始ダンスミュージックがかかっていて、ダンスミュージック界隈で言うハチロク(八分の六拍子)で、しかも若い女性たちが最高のタイミングでハンドクラップをし続ける、ほんの少しだけ突っ込んだところに強拍を置いてノっていくという表現(正確なところは読んでほしい)がすごく良いな!と思うものの、音楽、殊にそのジャンルの音楽についての知識がないから表現されているのがどんなものなのか全然わからない。「いかにも騎馬民族的」とか言うのもそれが正しいのかはちょっとよくわからない。ただ、聞いてみたいし見てみたい。ついでに、トルココーヒーも飲んでみたいな…。
氏の著作を、私はこれまであまり読めていない。ノーライフキングはすごい!となって、想像ラジオも一応読んでおり、アプローチの仕方が文学の人だなと思った…くらい? 実はベランダものも未読のままだと思う。2023年時点で既に還暦を迎えていらっしゃることになんとなく意外な感じを受けるし、一人称が俺の文章でこういうアプローチでこういうルポを衒いもなく書くの、若い世代にはあまり真似できないスタイルなんじゃないかなと思った。高野秀行を最近初めて読んだ時も同じような感想を持った。

10分未満の映像が3本公開されているので、参考まで。松葉杖の笛はガザ編、音楽療法が出てくるのはアンマン編。
www.msf.or.jp
【ベツレヘム編】 いとうせいこうさん中東ルポ 「ガザ、西岸地区、アンマン 『国境なき医師団』を見に行く」【国境なき医師団】 - YouTube
【アンマン編】 いとうせいこうさん中東ルポ 「ガザ、西岸地区、アンマン 『国境なき医師団』を見に行く」【国境なき医師団】 - YouTube

映画『ガザ 素顔の日常』(2019)

youtu.be


2007年にガザ地区が封鎖されて以降、困難を増しているガザ。そこに今住んでいる人々(多くは難民だが、90年代に入ってきた人もいる)から、昔はもう少し違ったという状況が語られる。
本当に海が身近な土地なんだなということや、そのほかにその前に読んでいたものが色々出てきたりもして、なるほどこれか…となったりもした。
あとは、情報量が多いというか、どういう意識で何を見たらいいのかわからなくなるところもあった。言えるのは、今この土地が破壊されているということだ。
作品中でまさに、空爆により大家族の住んでいる住まいが巻き込まれる場面もあって、停電や物資不足で生活が不便ながらも(経済封鎖されている影響)楽しそうに暮らしていた人たちの生活が破壊されて、ぞっとした。
会話の字幕が出ない部分もなにか素敵な話をしてそうなリズムが、言葉にある。キービジュアルに入っているコーヒー屋のおじさんとか。

ところで、私が行った映画館のその回には、JICAの元関係者の方のアフタートークが付いていた。前のインドの映画のアフタートークが良かったので、期待していた。
その方からのメッセージは、JICAが「平和と繁栄の回廊」など経済に係わる取組をしてきたこと、世界平和に関して日本は評価されていて、アフリカや中東では色を持っていないから、それを活かしてほしいというお話だった。NHK(取材が入っていた)は「JICAパレスチナ元事務所長 “和平へ日本がリーダーシップを”」という見出しでまとめていた。
それは大事なことで、事業を広めていくというミッションがあるのだろうけど、正直なところ、日本の役割じゃなくて映画に関する話を聞きたかったな、と感じた。質疑の際、最初に「若者へのメッセージ」という質問が来たのも、この方のお話が聞きたくて見に来ている方もいるんだなあ。自分が戸惑っただけで。
映画でこうだけ実際は少し違うというところはあるか、という質問には、子どもが荒んでいると答えていらっしゃった。女性の教育の話は私も聞きたかった。この方は、接点がないから答えられないとおっしゃっていた。

本③ アラブ文学研究者のエッセイ

『ガザに地下鉄が走る日』(岡真理著 みすず書房 2018)
学生時代から中東を旅したり、仕事で赴いたりしていた著者がパレスチナ難民に寄り添う姿勢で書いている。ナクバ以後、難民となって、各地で疎外され、ないものとして扱われていきた人々の身に起きたことが繰り返し記される。

内容が多岐にわたり難しかったのだが、一番印象に残ったこととして、70年間も難民でいるということは、いつまでもテントで暮らしているわけではないということ。その認識が、本書の中で感想を書いた学生さんと同様に、私にもなかった。
建物を建てて暮らしている「難民キャンプ」もある。けれど、建物が建ったから、それでいいとはならない。何よりも元いた土地に帰還したいというのもあるし、難民として暮らしている土地では、多くの場合国民同様の権利が保障されていないというのも大きい(もっと具体的危機として、虐殺等の危険にさらされる事例もたくさん語られる)。

女性はどうなってるのかという疑問に今のところ一番しっくりくるのがこの本かなと感じた。ただし注などで挙げられている作品に、日本語未訳らしいものが多い。
民族浄化」は、集団虐殺だけではなく、強制移住等の手段で排除することだと初めて認識した。
アラブエクスプレス展(森美術館 2012)の話題が出てくる。今、少しこうして色々読んだり見たりした後であれば、当時よりもう少しわかるだろうか。
「平和と繁栄の回廊」について、イスラエルによる占領を前提にした施策だと批判的に言及されていた。
パレスチナ救急医療協会(PMRS)」というのが出てくるけれど、映画で取材されていたあの救急隊かしら、と思った。

まだ何冊か読んでいて、読んでいる間は現在のリアルタイムの状況をあまり意識できなくなってしまうのだけど、改めて考えるたび、本の中で紹介されたあの人は、あの場所は、無事であってほしいと願うことしかできない。完全な停戦を求めます。